木のすまいプロジェクト:左官職人の仕事と道具の工夫
木のすまいプロジェクトとは
日本の素晴らしい伝統文化が少しずつ失われていくように感じられます。
住まいづくりの主要工種について、私たちの身近にある建築の文化を記録し紹介していくことで、和風建築を未来へ継承していく一助になれば…そんな思いから始動したのが、この「木のすまいプロジェクト」です。
今回ご紹介する工種は「左官業」です。
第一章では、熟練の左官職人のインタビューをお届けします。
第二章は、左官に使われる材料(色粉)についてのお話です。
第三章は、道具についての説明です。
第一章:日本古来から受け継ぐ左官の匠
左官職人インタビュー
稲美建築工業の井上社長にお話を伺いました。
―こんにちは。まず、左官業についてご紹介していただけますでしょうか。
そうですね、ご存知のように左官仕事というのは、一コテ一コテ、手で体で作業していく仕事なので大変難しい仕事なんですが、私も左官仕事をして50数年。大ベテランの部類に入っております。だけど私も寺小屋時代から現代の左官に携わってくることができたのも健康が第一ということで、健康が第一ということは、やはり自然素材の中に生きているから健康でいられるのではないかなと私は思うんです。
だから、日本のこの土壁の家づくりというのは、現代の建築にも大変重要なことではないかなと私は思っております。
家づくりを土壁、自然素材、漆喰、珪藻土、色々ありますけども、私の触ったことのないような仕事もたくさんありますが、現在このようにして施工していくお家も少なくなりましたが、やはり明日の日本の未来のことも考えると、土壁、自然素材を使った家を作って、良いものを孫の代まで残していければ、みんな幸せにできるんじゃないかなと私は思っています。
-ありがとうございます。まさしく日本古来から受け継ぐ左官の匠ですね。
第二章:左官に使われる材料 色粉
天然素材で色を楽しむ
-左官に使われる材料や色粉について、昔と今とでは変わってきている思いますが、どういったものを使われているのでしょうか。
昔からあるのは、天然素材の『本聚楽水捏ね仕上げ(ほんじゅらくみずこねしあげ)』です。今でも化学的にも作られていますけれど、昔ながらの方法では『本聚楽のコテ押さえ』や、『京土壁の中塗り仕上げ』、そして『大津磨き壁』といって、大津の白い仕上げ大津磨きというのもありますし、いろいろバラエティに飛んでいます。これらはすべて天然素材でできていますので、化学製品を使わずに健康な素材で色を楽しむことができるのではないかなと思います。
これらは中外どちらでも使えます。最近は化学的に作られた色粉が多くなってきています。そのため、昔からある天然素材の材料は、ほぼ手に入りにくい状態になっています。限られた工場だけで集めて生成して製品化して現場に配置されるのが現状です。
第三章:道具
用途に合った道具を使い分け、時には手作りも
下塗り鏝
部屋内で中塗りや仕上げに使う道具として、下塗りごてを使っています。
角鏝
これで均しをして、
その後は用途に応じて、この小さい隅っこの狭いところとか、
こういう、丸窓などに使うもの。普通のコテでできないところをこのコテで丸く型をとる。それで形を綺麗に整えます。
こちらは、狭いところとか、片方は広くて片方は狭いという時に、このような片方をカットしたような感じのコテも使っております。
チリ箒
塗りつけした後に使うものです。これは何かと言いますと、シュロでできており、柱のチリ掃除をする時に水をつけて使う道具です。 カットして自分で好きなような厚さと角度にして作ります。
プラスチック鏝
最後にこういうプラスチックのコテ。最近は「プラスチック鏝」というちゃんとしたものもあります。
なぜこれを使うかというと、 色物の場合は、金属製のコテで押さえると金属の色が出て商品がダメになってしまうので、色のおりないプラスチックのコテで最後の仕上げをして、ツヤを出す、そういう風に使っております。
だいたいそんな感じです。用途に応じてもっとたくさんありますが、今回は今現在使っているものをご紹介しました。
船底鏝
あ、ちょっと珍しいもので、隅鏝(すみごて)といって、角っこ隅っこを仕上げるコテがあります。普通のコテでは片方しか押さえられないですが、これだと同時に隅っこをピュッと押さえられる、とこういう船底ゴテ(ふなぞこごて)という変わったコテもあります。
これはまああまり最近使いませんが、なぜ同時にした方がいいかというと、漆喰とかプラスターだとかそういう柔らかい素材の時には、こういうもので一度にシュッとやった方が作業性が良くて綺麗に仕上がります。
左官の仕事は“水物”でもありながら隅々を綺麗に持っていくことが一番重要なので、こういういろいろなコテを使って作業して仕上げていくというのは、やはり技術じゃないかなと思いますね。
-そのコテだけ横が上がっているのは何か意味があるのですか?
これはですね、押さえた時に材料が薄いと横に上がってくる、要するに四方八方、材料がはみ出してもこれでカバーできる、
ということは、これだけの面積の角が仕上がりますので、後は普通のコテで傷つけずに施工できるということです。
-要は仕上げのネタがはみ出さないようにするためですね。
そうです。はみ出さないように、ここのラインまで仕上がってますよと、後は普通のコテで仕上げればうまくいきますよと、そういう時に使うコテです。
スタイロ塗り
これは、「発泡スリスリ」という私が勝手に名前をつけたんですが、お施主様の要望に応じて、パターン(模様)をこれで丸くしたり、横ズリしたり、内外ともにこれを使って施工しています。
-我が社の壁仕上の必需品ですね。
そうです。必需品です。外壁でもこれを使うと、大変いいイメージができるんですよ。 金のコテだけでは出せないイメージをこの発泡スチロールというコテでパターンを作っています。お客様から大変喜んでもらっております。今はもう大概みんな皆さん真似されて使われていますが、昔から私はこういうふうにして使って仕上げをしています。
-コテはメーカーや色んな職人さんが工夫して出てくるじゃないですか。これはなんていうんでしたっけ?
これはコテ板(手板)といいます。
-この板はあまり既製品が出てこないですね。
これは職人さんによって、自分の使いやすいように、自分の体に合ったものを自作します。材料を受ける手板で、左官の道具の中でも大変重要です。
裏側はこんな風に自分でベニヤ板をカットしています。
これは内部用と外部用と大きさも形も違うんですが、内部用はあまり大き過ぎると、柱に傷をつけたり戸を傷つけたりしますので、ちょっとこじんまりした感じで材料を少し載せて、ゆっくり仕上げをする。外部の場合はやはり仕事の量が多いので、これのちょっと一回り大きいもので、鍬に2杯ぐらいの材料が載るぐらいな感じです。
-それも使い分けされているんですね
使い分けしています。中外と同じものだとうまくいきませんので、そういう風にやって おります。
この面積の取り方ですが、三方は四角なんですが、腕に近い部分は角度を変えてカットしています。腕に当たって痛くないとか、材料を取る際に邪魔にならず上手に取れるようにするためです。コテを掃除したりするためにも必要なんです。
-既製品ではあまり見たことがないですね。
はい最近はたまにホームセンターでプラスチック製の手板がありますが、プラスチックの場合は材料がツルツル滑ってダメなんです。やはり自然素材のもので作った方がいいんですよ。左官屋さんが仕事がしやすい。普通に持っていたらズルと材料が下がってきて腕が全部汚れるんですよね。だから木の板の方が、ある程度水分を吸ってくれるから、材料が引っ付くのでいいかなと思っております。
-昔から使われているものがあったり、職人さんの知恵で 新しい道具を作ってみたり、その箇所箇所によって道具を使い分ける、本当に経験してみないとわからない事ですね。
ありがとうございました。
第四章からは、気候風土についてや漆喰仕上げ、みがき塗りなどをご紹介します。